坐禅とは、よく知られているように、仏教の一派である禅宗の修業法で、ある方式に従って静坐し、仏教でいう“悟り”を開くための方法です。
インドが発祥地で、禅という言葉は、サンスクリット語で「瞑想」を意味する「ディヤーナ」という音を写したものといわれている。
インドでは、太古の昔から木の陰などに坐って瞑想することが重視されてきた。
仏教の祖である釈迦も、この方法で悟りを開き、いらい解脱という理想的な境地に達するための修業方法として広く普及した。
坐禅“悟り”の境地とは
坐禅の原形である古代インドの「瞑想」」も、心を一つの対象に向けることによって、心身が健やかに育つという効力があることが広く認められてきたが、坐禅について昔の禅僧たちが書いた書物のなかにも、″心境の変化”を強調した文章がたくさんある。
また、特別な修業を積んだ高僧や偉人でなくても、一般に、坐禅でいわゆる「三昧境」に達したことのある人は、みな異口同音に、一種独特の平静な、しかもパワーに満ちた精神状態になるという。
健康法としての「坐禅」
健康法としての「坐禅」は、脳生理学の立場から精神訓練法としての坐禅に科学的な普遍性をもたせたものだ。
脳波は人間の心をつかさどる頭の状態を知る唯一のバロメーターだが、脳波研究では、安定した静かな精神状態のとき、人間の脳はアルファという波を出し、緊張の度が高まるにつれ、ベーダという波からさらに細かい波のガンマという波に移ることが解明されている。
また、てんかんなどの特殊な病気を除けば、シータという波、デルタという波は、脳の休息である睡眠中に現われてくる。
これを日常の精神活動にあてはめて考えてみると、緊張してイライラ、クヨクヨし、小心翼々としているときの脳波はベーダ波、カツと逆上してつかみあいの大喧嘩をするようなときはガンマ波などになる。
何か悩みがあってノイローゼ寸前のときはベーダ波が優勢になり、アルファ波の出現が少なくなるが、逆に考えれば、なるべくアルファ波が多く出るような処置を講じてやれば、悩みや緊張から解き放たれた、安定した精神状態を保つことができるわけだ。
精神鍛練の手段としての坐禅に着目
東京大学医学部ので平井富雄博士は、「脳波」と「坐禅」の関連を研究し、「坐禅」によって、アルファ波が自由につくり出されることを発見した。
つまり、心の働きを外から科学的に知る唯一の方法である「脳波」を武器にして、釈迦の時代に完成された「坐禅」を解剖したわけで、科学と経験の幸せな合体の産物といってよい。
坐禅の効用は、この脳波のコントロールによる精神の平安の獲得にとどまらない。
坐禅は人間の自律神経をコントロールして、からだを強くすることができることが、いまでは科学的に証明されているからだ。
現代のようにストレス過剰の時代では、病気といっても、単純に肉体上の症状というよりは、いつもどこかで心の状態が原因とかかわっている。
いわゆる心因性の症状が多い。
精神的なストレスは、下痢や食欲不振、ときには心悸昂進から血圧上昇まで、さまざまな身体的変調を引き起こす。
これは、ストレスによって、大脳皮質が興奮すると、からだの諸器官の働きを円滑にする自律神経系の機能がかえって抑圧されてしまうため、バランスが崩れてくるためだ。
この自律神経系は、運動神経系とも感覚神経とも異なる、第三の神経といわれ、前二者のように練習や訓練によってコントロールすることができないやっかいな性質をもっている。
自律神経系の働きと坐禅の関係を調べた平井富雄博士は、坐禅が、生理的な変化、それも人間の意志ではコントロールしにくいこの自律神経系の働きをかえることを実験によって証明した。
坐禅が脳波をコントロールして人間の心を強くするだけでなく、からだを強くする効果があることがわかるようになった。
さて、その坐禅だが、これは一般に考えられているほどむずかしい方法ではなく、具体的には、「息」をととのえる方法(調息法)、「体」をととのえる方法(調身法)、「心」をととのえる方法(調心法)の三つにわかれている。
坐禅健康法のあらまし
《調息法》
坐禅ではでは呼吸をととのえることを重視するが、ととのった呼吸が心をととのえることは脳波実験でも証明されている。
坐禅の呼吸法は五つに大別される。
呼吸数減少法
吐く息を長くして呼吸数を減らし、一分間に四~五回にしてしまう。
呼吸をゆっくりすると心臓の負担が和らげられ、心の安定がえられる。
この呼吸法は満員電車のなかでも手軽にできる。
リズム呼吸法
一定のゆっくりしたリズムに呼吸を調和させて、自然に規則正しい呼吸を繰りかえす呼吸法。
不安の強い人、あがりやすい人、過敏で緊張しやすい人は、呼吸のリズムをとりもどすこの呼吸法がむいている。
経作法
「経行」とは、布の経糸のように、まっすぐ歩いて行き、まっすぐ歩いて還るという意味。
足の運びを呼吸に合わせるので、「一息半歩」の呼吸といっているが、ゆとり、くつろぎ、活力、疲労の軽減などの効果がある。
丹田呼吸法
丹田とは臍の下の下腹部のこと。臍に注意しながら、下腹に力を入れて呼吸をととのえるのが、この呼吸法の特徴だ。
丹田のあたりは太陽神経叢と呼ばれ、多くの自律神経が集まっている。
ここの活動が活発になると、腹部から腰部にかけての血管や毛細血管の活動が活発になり、末梢の老廃物を早く吸収し、これを肝臓や腎臓、大腸などの器官を通して、効率的に外に出す働きが営まれやすくなる。
数息観呼吸法
頭の中で、一から十までの数を数えながら、それと合わせるように息をすることで、精神統一、精神集中をする呼吸法。
日大医学部精神神経科の武村信男博士は、ノイローゼ患者の治療にこれを用いて、その効果を実証した。
《調身法》
調身とは姿勢をととのえること。
姿勢は人問の身心に大きな影響を与えるが、坐禅では形の良し悪しだけでなく、そこに生理的にも充実した機能がかみ合わされる「静中動」「動中静」の状態としての姿勢を重視する。
調身法には、①坐る調身法、②寝る調身法、③立つ調身法がある。
いずれも、「体をととのえることによって、精神を統一し、頭の働きをよくする」効果がえられる。
《調心法》
調心法のねらいは。からだを休め息をととのえても、なおかつ動きまわる頭のなかのさまざまな思いを、どうコントロールするかということにある。
脳生理学の立場からいえば、べー夕波の優勢な緊張型の脳波を、すこしでも坐禅中に特有のアルファ波、ないしはシータ波などに変えていけるような心の操作のこと。
禅の「調心法」を心理学から分折すると、「集中法」と「瞑想法」の二つに大まかに区別されるが、この二つはまったく別個のものではなく、ひとつながりの調心法の初期と後期に該当する。
そして、この二つの中間に、「転換法」と「連想法」の二つの方法がある。
全体として、いわゆる悟りの境地、自由闊達な心を獲得できるように工夫されてきた古人の知恵といえるだろう。
いちど禅をやってみたいと考えている人は少なくないはずだ。
坐禅を、禅僧だけの特殊階層だけの「宝物」にするのでなく、坐禅が科学的に一般的効率性を持つことがハッキリ証明された今日、純粋な「健康法」として、自宅に居て何時でも、自由に活用すべきです。