丹田をふまえた調身を体得するには、調息と一如となるようにセルフコントロールして正常姿勢を保つことで会得されます。
現代社会のもとでは、日常のライフ・スタイルの偏りなどの故もあって、多少とも異常な姿勢をしている人が、大多数のようです。
丹田呼吸の留意点
正常姿勢を取り戻す要領として、あごを引き、背すじを伸ばし、腰を立てて、下腹筋を締める(座禅の要領として、肛門を締める、肛門が上を向くような気持ちで、下腹を締める)などのポイントが説かれております。
次に、左図にあるように、正常姿勢をとった時の重心(丹田)の位置に対して、円背姿勢の場合には、重心が丹田よりも前方に移動し、凹背姿勢をとった時には、丹田よりも後方に移動することが考えられます。
横隔膜の下降(吸気)と上昇(呼気)が最も効果的に行われるためには、なるべく正常に近い姿勢のもとで、丹田から頭頂に向かうような気持ちで吸息し、次いで、頭頂から丹田へと下がるような気持ちで呼息することが、ポイントといえましょう。
そのためには、佐藤氏の「丹田を物的自己の重心の落ちる垂線上に現成せしめる」といった姿勢の正し方を会得することがベースになると思われます。
この要領を会得するのには、立位のままで、意識して凹背または円背などの姿勢をとり、その状態で、吸息を行ってみることです。
このような条件下では、横隔膜の下降が起こりにくくなり、胸を左右に開くような吸息(胸式)が主体となることを体感できます。
そこで、正常姿勢にならって腰を立て、下腹筋を締めて、なるべく正常姿勢としての重心(肚)に近いポイントを探り当て、そこから頭頂に向かうような気持ちで吸気を試みると、胸部の左右への広がりだけではなく、横隔膜の下降による深い胸腹的な吸気が行われ、思いのほか、長い呼息ができるようになってきます。
さらに、もっともわかりやすい方法としては、ベッドに仰臥して腰部がベッドに密着しか状態(平背姿勢に近い)で吸息してみると、胸部を左右に開く胸式呼吸型になります。
そこで、腰を立てて下腹部に力を入れ、丹田を意識しながら吸息すると、丹田と頭頂を結ぶ胸腹式の吸気と呼気が可能となることを体感できます。
このようを要領で、横隔膜呼吸が最も行われやすい正常な重心(肚)を探り当てる体験を通して、調身と調息が一如の関係にあることを感じ取ることができます。
丹田呼吸の効果
近年、腰痛の多くは、丹田をふまえた調身ができず、腰椎を支えるコルセットともなる下腹筋の筋力の不足によることが、整形外科医たちによって指摘されております。
さらに、この種の横隔膜呼吸の効果として、上腹部にある太陽神経叢(鳩尾と臍の中間の高さで、腹腔内にある自律神経のセンター)を、横隔膜の上下運動によって刺激(マッサージ)することによって、腹部内の胃腸その他の臓器の働きを活性化します。
また、小笠原流礼法の家元である小笠原清信氏は、「どこにもこわばりのない正しい脊椎にそった姿勢をとり、重心が頭上から足の土踏まずのやや前方に落ちるようにする。
腰(重心)の安定は、即応性、巧緻性、正確さ、最小のエネルギーで最大の働きの土台となり、求心、遠心の働きの核となる」と記しておられます。
一方、医学的には、名古屋大学名誉教授(生理学)の故高木健太郎氏は、「良い姿勢は自律神経を整える」
東大助教授(精神科)の故平井冨雄氏は、「座相のよい人ほど、脳(心)の働きのバランスがよい」としておられます。
われわれの左右の大脳半球には、およそこのような働きの分化があるとされており、現代のストレス社会のもとでは、左半球の働きが独走する傾向があります。
そこで、左半球の活性化を促す交感神経の過度な緊張をほぐし、右半球の活性化を促す副交感神経を刺激する呼息の強化によって、脳のセルフーコントロールを促す可能性も考えられております。
調息の効果
あなたの内臓諸器官の中で、あなたの意志によるコントロールが、相当な役割を果たすのは呼吸器だけです。
あなたが眠っているときでも、無意識の中に呼吸運動が行われるように、呼吸でも自律的なコントロールが基礎にあります。
しかし、あなたは、意識的に、自分の呼吸を、かなりな程度まで変えることができます。
あなたの内臓器官は、あまねく自律神経の支配を受けており、また、呼吸器の働きと心臓の働きとは密接な関係にあります。
そこで、自律訓練法や座禅の場合のように、呼吸を意識的にととのえますと、呼吸器の働きを司っている自律神経の働きが安定してきます。
また、調息によって、呼吸器を支配している自律神経の働きが安定しますと、心臓の働きを司る自律神経の働きも安定しやすくなります。
同じような調息による影響が、他の内臓諸器官の働きを司る自律神経系の全体に波及してゆきます。
このようなことで、あなたが、意識的に呼吸をととのえることは、やがて、全身的なセルフーコントロールを促すことにも役立つわけです。
つぎに、呼吸は、あなたの血中にたまった炭酸ガスを吐き出して、新鮮な酸素をとり入れるための働きですが、同時に、呼吸は、つぎのような生理作用を通して、あなたの精神状態のコントロールにも関係するものです。
あなたの血液は、酸性またはアルカリ性のいずれにも片寄らないように、ほぼ中性に保たれており、これは、心身のホメオスターシスに重要な役割を果たしております。
ところが、精神的な興奮などによって、急に呼吸が速くて深くなりますと、炭酸ガスが吐き出され過ぎ、血中の炭酸の濃度が下がり過ぎます。
そのために血液がアルカリ性に大きく片寄ります(呼吸性アルカロージスという)と、神経や筋肉が過敏状態になり、精神が興奮し、ひどくなると、手足から全身の痙攣が起こり、意識がなくなることもあります。
近頃、登校拒否などをおこす学生たちに、このような、ストレスによる異常呼吸(過換気症候群という)がふえてきております。
まとめ
調息の自己訓練は、調身とも相通じており、脳の働きの正常化(失感情症、失体感症、失自然症からの解放など)をも促すものです。
東洋の身体文化(体を調え心を調える)の真価が、欧米でも見直されつつある理由も、ここにあるといえましょう。