腹部内の臓器(主として肝臓)には、身体中の血液量のおよそ15%が滞っています。
丹田息によって強い腹圧がかかると、お腹の内に滞りの傾向が高い諸臓器の静脈血があっという間に心臓へしぼり上げられ、その後へ動脈血が流れこむので、臓器の働きは余すところなく活性化します。
このことは、丹田息がすぐれた内臓強化法であることを指し示しています。
呼気性の深呼吸である丹田息では、呼吸は、空気中から酸素を体内に取り入れるのと、体内で生じた炭酸ガスを対外に排出するのと両目的のために営まれるものです。
呼吸の生理機能に及ぼす効果
呼吸が浅いと、血液中の酸素が減少し、反対に炭酸ガスが水と化合して炭酸の状態で体内に停滞し、血液を酸性化し細胞の生命力を弱めます。
人体は、ゆったりとした燃焼器官であって、それには酸素が必要不可欠です。
たとえば、欠伸の誘因となる脳の貧血などは、脳における酸素欠乏によるものであります。
欠伸は、吸気性の深呼吸によって、大量の酸素を供給する応急手当てを行うものです。
酸素を必要とすることはどの臓器でも同様であります。
健康な状態では、血液は全体として弱アルカリ性を保つ。
ところが、呼吸が浅いと血中の炭酸がふえて体を酸性化してしまいます。
そこで、炭酸ガスを大きく呼き出す丹田息が重要ということになります。
大気にはおよそ20%強の酸素が含まれていますが、呼く息を調べてみると、酸素が16%ほど残存しています。
要するに、一回の呼吸でわずか4%の酸素が取り入れられることだと言えます。
ところが、呼く息の中の炭酸ガスは、大気中のそれのおよそ100倍にアップしています。
そこで、肺の中に沢山の空気を吸い込んでおけば、呼く息が多少でも残っている限りは、酸素の摂取に不足はないから、人はもっぱら、炭酸ガスを呼き出すことに努めればよいということになります。
武道や座禅に際して吸う息は考えなくてもよい
武道や座禅では、ただ呼く息だけに意力を用いて、これを努めて長くせよ、と教えられるのは、生理学の原理にかなっているわけであります。
ぼんやりした浅い呼吸にあっては、呼吸は一分間に16~17回行われるが、意力を用いての丹田呼吸にあっては、一分間に3~4回となり、練習の結果では1~2回にも少なくしていく。
それは、何もわざと息を出し惜しみすることはなく、太く気持ちよく息を呼くので長くなるというわけです。
昔、ある槍の名人が、お江戸両国の橋を一息で渡ったという話か伝えられている。
肺は何億というきわめて小さな肺胞から組織されています。
それは、肺が空気に触れる面積を大にして大量の酸素を摂取せしめ、多量の炭酸ガスを排出させようという造化の妙によるものであります。
肺胞か空気に触れうる内面を拡げると、身体の全表面積の25倍となり、テニスコートの片側の広さになるといわれています。
日常の浅い呼吸にあたっては、せっかくの肺胞の表面の大部分が遊休施設に留まり、新鮮な空気を吸い炭酸ガスを排気させるという重要な機能を果たさずにすんでいるわけです。
これが、深呼吸が大切な理由であります。
呼吸法の出発点
気海息においても、丹田息においても、息を吐いて胸が虚となった状態を出発点とするのがよいのです。
この出発点から、気海息では、臍の下の上腹部を堅くしながら息を吸い込み、次に息を呼いて出発点の状態に戻ります。
丹田息では、気海の下の下腹部を堅くしながら息を呼き、次に、腹の力を弛めて自然に息を押し入らせて、出発の状態に戻ります。
武道・芸道の所作中には、丹田息で息を呼き終わろうとする状態を基本とし、呼ききったら必要やむを得ざる息だけを吸い込むことにする。
それが実際には、肺の底にまで息を吸い込む効率の高い深呼吸となるのであります。
息を呼ききる時、全身の筋肉が落ちつき切り、全身渾一の体勢がおのずから達成されます。
その時の体勢を思い返してみると、腰がどっしりと立ち、尻が重く後方に突き出され、背柱が自然の湾曲を保って直上し、両肩が左右均衡し、首がまっすぐに立ち、両の耳は両肩の上に位しています。