癌検診で、ある90歳近い患者に胃ガンが発見されました。
粘膜内にとどまる早期胃ガンです。
高齢で、ガンの進行も遅いだろうと考えられ、荒療治を施すことなく経過観察することになりました。
しかし、たった2ヵ月後に、粘膜を突き破り、かなり大きく広がったのです。
ガンの進行が遅いどころか、とても早いペースです。
このままではあと1年もちません。
急遽、方針を変更し、腹腔鏡下の胃切除術を施行しました。
あなた自身が知っていなければならないこと
「早期発見、早期治療」という言葉があります。
単純に考えると、体内に起こっている異変を早期に発見することは、「とりあえず放置して経過を観察する」という治療手段を含め、治療方法の選択の幅が広がりますから、悪いことではありません。
ただし、どんな検査を行えば、どんなガンをどんな確率で早期に発見できるのか、また、その検査にはどんな弊害があるのか、という点は、あなた自身が知っていなければなりません。
なんらかの腹部症状が出現して、大学病院を訪ねた患者がいるとします。
診察室で医師から、「胃のバリウムの検査を行いましょう」と言われました。
患者は驚いて、こう答えます。
「えっ、でも胃の検査は検診で2ヵ月前にやりましたけど……」
集団検診でのガンの早期発見の精度はどのくらい?
すると以下のような会話が展開されます。
「どこで検査を受けました?」
「検診のバスのなかでやったのですが」
「ああ、そうですか。あの検査しゃあ、この場合は、十分な役に立っていません。こちらで、もう一度胃の検査を申し込んでください」
あなたの体に胃ガンが芽生えていたとき、検診バスの胃の検査で、その胃ガンを発見できる確率は50パーセント程度なのです。
ところが、医師であるならともかく、一般の人たちは、そんなことを知りません。
日本人のガン頻度の順位は1位胃ガン、2位肺ガン、3位大腸ガンです。
まず、それらのガンがどれぐらいの確率で、どのようにして発見されるのかを学ぶことからスタートです。
まだ医者になった直後の1年目の医師が受けた洗礼
症例…48歳男性、会社役員の男性。
生来健康で病院を受診したことはほとんどなかった。
平成元年2月ごろより胃部不快感が出現し、何となく疲れやすいと自覚していた。
心配になり、同年4月の検診で胃のレントゲン検査(胃透視検査)を行った。
「異常なし」と言われたため、年のせいと思い、一応安心していた。
同年6月より食欲不振、食後の嘔吐が出現したため、胃カメラを施行したところ、胃ガンが発見され入院した。
この患者は不幸なことに、かなり進行した胃ガンで、胃から十二指腸への出口をほぼ完全にふさいでしまう形でガンが増殖していました。
胃の外側に向かってもガンは広がっており、ガンを切除する手術はできませんでした。
バイパス手術というものを行いましたが、その後も入院生活を続け、結局、退院できないまま病院で亡くなっています。
「2ヵ月前の検診ではいったいどうなっていたのだろう?」と私は思い、その検診機関に電話をかけ、その人の胃のレントゲンフィルムを取り寄せてみました。
間接撮影という撮影方法を行っており、手のひらぐらいの小さなフィルムが7枚ほど撮られていました。
そのフィルムを見てみると、胃の出口(幽門という名で呼ばれます)付近から十二指腸にかけての部分が、ふさがれた形に写っています。
医師になりたてのほやほやであった私は、やはり病変があるじやないかと思い、ぞの検査機関に問い合わせてみました。
返事は、「間接撮影で、たくさんの受診者の撮影を短時間で行うときには、胃の運動の関係で幽門から十二指腸にかけてバリウムが十分に届かないこともあります。
したがって異常とは判定しなかったのでしょう」という他人事のような返事でした。
医師になってまだ1年目の私には納得がいきません。
そこで、ずっと年長の、ある先生に「こんなことがあっていいのですか?」と尋ねてみると、「そういうものなんだよ。そういうことをもめごとにしちゃいかん」
そう諭されて、この話は終わってしまいました。