東洋ではセルフコントロールの核をなすものとして、古くから肚の医学が重んじられ、調身(体を調える)と調息(呼吸を調える)が実践されてきた。

さらに、調身と調息は、調心(心・脳を調える)のベースをなすものとして、近年、西洋流の精神文化の限界への気づきから、東洋の身体文化(体を調え心を調える)の役割が国際的に重視されてきています。

心身一如の心身医学

従来の西洋流の身体医学は心理療法を併用することに重点をおいていますが、どうしても越えられまい限界があり、これに調身・調息を核にした東洋の身体文化を統合することが注目されるようになりました。

しかし、調身・調息とそのべースになる丹田といった概念を科学的に解明する手がかりがなかなか見つからなかったので、全人的医療としての心身医学の理論や技法の中に定着させることができなかったのです。

それが、筑波大学の体育科学系の浅見高明教授の「臍下丹田と重心の関係」についての研究と元皇学館大学長の故佐藤通次氏の「正身・正息の理」の研究などが、東洋の英知を科学化する糸口となったのです。

臍下丹田と重心の関係

元来、丹田とは道教における言葉で丹薬、すなわち、「不老不死の妙薬を作り、たくわえる田」という意味であるといわれております。

そして、丹田に「気」を集めることによって、心身の健康が得られると考えられてきました。

丹田には、上丹田、中丹田、下丹田とありますが、中でも、身体の「気」を司るところとして、下丹田(臍下丹田)が重要とされています。

臍下丹田の位置については、臍下三寸、二寸、一寸半などといわれ、その位置についての記述は一定しません。

また、その示し方も、体表においてその位置を示すものと、身体の内部においてその位置を示すものとが見られます。

そして、身体内部において示すものには、重心との関連を述べているものがいくつか見られます。

佐藤通次氏は、『身体論』の中で、

「人間の体は、いわば一個の統一ある肉塊である。統一体であるから、その一の座として、必然的に各部分を統合する力の焦点が存在しなくてはならぬ。

その一の座は、物体的自己の一の座たる腰部の筋肉に存する他はない。

その腰部には、各種の筋肉が集まっており、一の座は、それらの筋肉の力を集約する点でなくてはならない。

それが臍下丹田であって、丹田は、肉体的自己の力の源をなす一点である。

この丹田を物体的自己の重心の落ちる垂線上に現成せしめることを姿勢を正すというのである。

丹田は、いわば、動的重心である」と述べ、単なる「気」の集約点というだけではなく、物体的人間の力の集約点として臍下丹田をとらえ、動的重心と同じものとしています。

白隠禅師は「人に気海丹田あり、気海は元気を収め養うの宝所、丹田は心丹を精練し、寿算を保護するの城府なり…丹田は臍下三寸、気海は一寸半……」と記されています。

浅見教授は、肥田式と柳田式の丹田作図法を用いて、重心と丹田の位置関係を研究しておられ、「本来、臍下丹田というものは、広がりを持って下腹部に存在すると考えられており、これを仮想点としての重心と比較するのは無理があるかも知れない。hidasiki02

たとえば、佐藤氏が『丹田を物体的自己』の重心の落ちる垂線上に現成せしめる』としていますが、その説明だけでは、姿勢を規定するのには曖昧な表現であるといえよう。

しかし、作図法を用いて丹田の位置を点として表わすことにより、重心位置との比較も可能となる」と述べています。

さらに、浅見教授は、「正座については、正しい正座法を指導することによって、重心垂線(重心位置を通る垂線)と丹田垂線(丹田位置を通る垂線)とが一致する。

次に、立位姿勢については、肥田式作図法による丹田位置は、重心よりもかなり前に位置するが、柳田式作図法による丹田位置は、重心ときわめて近くに位置する。hida2

しかし、肥田式では、丹田を下腹部における球(円)として表現しており、その位置をどのように体感し、自覚すればよいかをうまく表現しており、その点においては非常に優れている」としています。

一方、柳田式作図法については、柳田氏は、「これは、整体法における深息法を行った時に力を感じるところを、力を感じる方向に線で結ぶことによってできたものである」ととして、これもまた、力の集約として考えられる。