東洋的な身心セルフーコントロール法は、今日のストレス社会を心身ともにたくましく生きていく上での基本的な手がかりとして『丹田』をその中心的なものとして、一応の科学的な体系づけをしています。

正身・正息の理

佐藤通次氏は、人の体を一つの全円によって表現し、「円周上のどの点も、常に全体の座としての円心に帰入し、また常にそこから産出される」としています。

さらに、「人は直立しているので、重力がかかる下体は重く、上体をそれの上に軽々と置くべきであるから、上半身を点線によって、下半身を実線によって表わす。

体腔の中心は円の中心であり、そこは目に見えぬ絶対の座、無限の座、全の座なので、無限に向かって開かれているという意味で、そこに0とする。

そこは全身の正中であり、内観的には臍の内奥の一点として把握されます」。

「この正中の下方に下体の全筋肉の集約点として体の重心とも見るべき力の座が自然に生じ、呼気の際に、それがはっきりと自覚されやすいのです。

それが古来言うところの『臍下丹田』であり、武道・芸道など、人の正しい動きはことごとく、呼気とともに、この部位を緊張せしめつつ行われます。

これは、人が笑う時に自然に力のこもる所でもあります」。

「臍下丹田は、また、気海丹田とも呼ばれる。説く人によっては、下腹部全体を気海と呼び、そこの力の集約点を丹田とします。

深い呼吸に際して(空気が腹腔内に入るわけではないが)、空気が臍の下まで満ちるような力の上での感じが生じるものです」。

「息を深ぶかと吸った時に上腹が堅くなるところ、すなわち、臍の下から体の正中までの部位を『気海』と解し、その下の呼く息とともに下腹に力の集約するところのこを丹田とすることもできます。

調息

深呼吸には二種類があり、一つは吸気性の深呼吸で、その際は、臍の直下の気海が堅くなるので、『気海息』と呼びます。

もう一つは、呼気性の深呼吸で、その際には、呼く息とともに気海の下の丹田に、下腹部の力が集約されます。

そこで、呼気を主とする呼吸を古来の呼称にしたがって、『丹田息』、または、『丹田呼吸』と呼んでいます。

武道などにおける本格的な呼吸は、丹田息でなくてはならない」。

「丹田息は、人が笑う時の呼吸でもあります。笑いは痙攣的に行われるが、笑いと同じ要領の呼吸を一筋に冷静に行うのが丹田息となります。

呼気性の深呼吸が笑いとして現われるのに対して、吸気性の深呼吸は欠伸となるわけです。

人の呼吸が浅く、血行が振わず、脳に貧血をきたしたりする時、自然に欠伸をして、その状態を改善するのです。

そこで、呼吸による健康法の一つとして、自分一人の時間に時々欠伸を繰り返してみるとよいでしょう。

息を深く吸い込んで、体をいろいろと伸ばしてみることで、容易に本物の欠伸が誘発されます。

欠伸も健康上、天が与えた妙法ですが、呼気性の深呼吸である笑い、それを“道”にまで高めた丹田息は、武道においてだけでなく、日常生活でも、人格存在が常につとめ行うべき標準的呼吸であります。

この呼吸は、身を起こして立つにいたった人間のまさに行うべき本格的呼吸でもあるわけです。

それが、日本人によって、武道・芸道・座禅などにおいて、最もはっきりと自覚されているのは、日本文化の一つの誇るべき業績であると思われます。

丹田息のやり方とその効用

丹田息は、息をゆっくり吐きながら、下腹部の筋力を集約せしめ、そこの中心に力をこめる。

そしてその力をやや弛めて、息を吸い込む。力を弛める時、体内は真空に近づこうとするが、外には常時、一気圧の力が働いているので、気息が自然に体内に押し入るのです。

その吸気は短時間に行われ、人は再びゆっくりとした呼気に移る。

人が眠っている時の呼吸を『自然息』と名づけよう。

『自然息』では、吸う息とともに上腹が膨らみ、呼く息とともに全身が虚脱の状態となります。

一方、丹田息では、下腹に息をこめながら息を呼き、その力をやや抜いて息を吸い込みます。

一見すると、自然息と丹田息とでは、要領が逆のようにみえます。

それで、丹田息を逆式呼吸などと呼ぶ人があるが、はたしてどうでしょうか?

それは、自然息と丹田息とを図解して見れば明らかです。tandensoku

丹田息は睡眠時の自然息を、そのままの形で、ただし下腹の緊張と弛緩を動力として再現するものです。

それは、自然息における自らなる虚実を丹田の実虚という自らなる動きによって実現するものです。

それは、自然息の否定ではなくて、かえってそれの深化になります。

したがって、丹田息がむしろ自然の呼吸に従い、自然の生機をそのままの形で一段と効率を高くする、いわば順呼吸であることが明らかとなったということです。

人が常時、丹田息を行ずることを心がけるならば、それに応じて、その人の生命力は活発に発揮されます。

これを行ずれば行ずるほど、健康を促すものです。